もうひとつのルーツ

小学校の頃、6年間を札幌で過ごした。



なぜか、今になって小学校を訪ねてみたくなった。僕が通っていた和光小学校を同級生に連れられて訪ねてみた。


あの頃、60年代後半、高度成長期で札幌も活気づいていた。まだ、札幌市内にも牧場があり、同級生の友達にも農家の子がたくさんいた。あちらこちらにサイロもあった。学校帰りに搾りたての牛乳を飲ませてもらった。



僕が住んでいたところは、北30条西3丁目。まだ、舗装道路もなく交通手段は路面電車だった。砂利道に馬車なんか通っていて馬糞なんかも落ちていた。 下水道も整備されていなくて、沿道には大きなドブがあった。 ある時、犬の散歩で自転車を乗っていたら、急に走り出した犬に引っ張られ、よたよたしてしまってそのまま頭からドブに落ちた。泣きながら家に帰ったら、母に外に放り出されて、ホースで水をかけられた。 それが、札幌オリンピックの開催が決まった数年前から激変した。地下鉄工事に舗装道路。札幌と小樽を結ぶ札樽バイパスの工事が始まった。開通前のだだっ広いアスファルトの道路をみんなで自転車に乗って競争した。 モノクロの写真は、30年以上も前に撮影した札幌の写真。 どこか記憶がないけれど、僕の住んでいたところにもこんなサイロがあった。 小学校はもっと巨大に感じたけど、意外と小さかった。

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美しく、輝く、輪を求めて。