僕が子供だった頃、記憶が定かではないが、多分、5才位の時、北海道の岩見沢市という片田舎にいた。親は転勤族だったので、引っ越してきたばかりだったと思う。
やんちゃだった僕だけど、転勤を繰り返すうちに警戒心が強くなって、人見知りをするようになった。そんなある日、隣の直子ちゃんが、「一緒にあそぼ!」と言ってくれた。おかっぱ頭で目がくりくりして、唇がプルルンとしていた。
モジモジしている僕の手を引っ張って、裏の森へ連れて行ってくれた。誰もいない、森。子供の頃には、何か謎めいた森に見えた。真昼だというのに鬱蒼と茂った森の散策路を歩いていると、両脇から魔物が出てくるのではないかと思った。直子ちゃんは、急にしゃがみこんで「あっ、毛虫!」と言って、素手で緑色の毛虫を親指と人差し指でつまみ僕に見せてくれた。
虫が嫌いな僕は「ぎゃあ!」と奇声をあげた。直子ちゃんは、自分の手の平に毛虫を乗せて愛おしそうに観察している。彼女は、毛虫を脇の葉っぱに乗せて、「大きくなあーれ!」と言って自分の両手を大きく天に向かって広げた。ふと、気がつくと向こう側に光が見えた。直子ちゃんは、「ねえ、あっち行ってみよ!」と言って、また、僕の手を引っ張った。小さくて柔らかい手の温もりが伝わってきた。
木と木の間の空間から、二人でさっと身をかがめ、あちらを覗いてみる。誰もいない、何もない、ただの芝生だ。二人は、目を見つめ合って、「何だろうね?」と呟いた。今思えば、何のことはない、何もない風景なのだけど....二人には、目に見えない何かが見えたのだろうか?
「行こうっ!」と言うので、僕はついていった。しばらくすると池があった。その池には、小さな蓮の花が咲いていた。その頃、二人とも蓮だとは知らなかったはず。もしかしたら、蕗の葉だったかもしれない。
突然、直子ちゃんは「ねえ、この葉っぱの下に妖精いるんだよ」と言った。「妖精って、何?」僕が尋ねると「知らないの?」と言ったきり、答えてくれなかった。彼女もうまく説明できなかったのかもしれない。彼女は、「探してみよっ!」と言って、葉っぱをめくり始めた。僕も一緒になって、次々と葉っぱをめくってみた。
「今日は、いないみたい」と彼女は言った。
家に帰って、夕食の時、僕は母に「妖精って何?」と聞くと「いいから、早く食べなさい!」と言われた。大人にとってどうでもいい話だったようだ。鮮明に覚えている、子供の頃の記憶。いつから、このようなワクワクドキドキがなくなってしまったのだろう?
小学校6年生になるまでに「隣の直子ちゃん」は3人いる。
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