母の命日

今日は、母の命日。

連休前に身内だけで、池袋ホテルメトロポリタンの宴会場で七回忌の法要を執り行った。

札幌で行うつもりだったけど、叔父、叔母たちも高齢ということもあり、この時期に札幌へ父を連れて行くのはリスクが大きいので諦め、東京のホテルの宴会場で行うことにした。





先祖代々、札幌の極楽寺にお世話になっていたが、いつかは札幌のお墓も墓じまいし、どこか東京の同じ宗派で浄土真宗の真宗大谷派のお寺を探しておかなくてはと思っていたところだった。都心の新宿区には、真宗大谷派のお寺がいくつかあったけど、インターネットで調べて最初に電話で問い合わせたのが、専行寺という1620年から続くお寺で、たまたまご住職が電話に出られた。

早速、事情を話したところ、ご住職が快く引き受けてくれた。「札幌の今までお世話になっいるお寺にひとこと電話を入れておいた方がいいですよ」と住職はアドバイスしてくれた。このひとことが、きちんと筋を通しなさいと教えてくれたような気がして、何かに導かれるように数日後、お寺へご挨拶に伺った。

お彼岸の時期にお忙しい中、一時間くらいお話しただろうか?とても気さくな住職で、これからも相談に乗っていただければと僕は心の中で確信した。

ホテルの法要会場では、香りは禁止とのことで、焼香はなしで献花をすることになった。あまり宗派のことは詳しくなかったけど、浄土真宗には位牌というものがなく、お寺が用意してくれた法名軸というものを御本尊と一緒に掲げる。母の名前は和子というが、法名は釈尼和徳という。



法要が終わり、住職も一緒にコース料理を食べながら、母のことや家族の話をしている時に「霊魂というのは存在するのですか?」と僕は住職に聞いた。なぜかというと他の宗派には位牌があり、魂入れという儀式があるのに浄土真宗にはそれがないのだ。「どう思いますか?」と住職に聞かれたので、「存在すると思います」と僕は答えた。

浄土真宗には、人は仏さまの導きにより浄土に往生し、仏となると教えられており、御本尊である阿弥陀如来を信じて奉ると決めた時点で、誰もが仏になれることが約束されているということだ。つまり、故人の魂は亡くなってすぐにこの世を離れ、成仏していると考えるため、魂が宿った位牌を供養する必要がないというのだ。そして、親鸞聖人の教えでは、あるともないとも言っていないという。「これじゃ答えになっていないかもしれないけれど、それが親鸞聖人の教えなのです」と住職に言われた。

僕は、霊魂は存在してご先祖様はいつも見ていると言われると思っていたので、その答えに呆気に取られてしまった。

厳しい母には、反抗ばかりしていたけど、ことあるごとに「あんたは長男なんだから…」という言葉を今でも思い出す。長男としての責務を果たせたかな?




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美しく、輝く、輪を求めて。