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執筆者の写真Hidetoshi Shinohara

お別れ

6月29日、友人でフォトグラファーの五木田和彦氏が亡くなった。


やっと、心の整理がついた。訃報の知らせが来た時は、本当に驚いた。僕達は、ある出会いから仕事を通じて急激に親しくなった。仕事でもプライベートでも多くのことを語り合った。一昨年、五木田さんが銀座で個展をやったときには、オープニングにスピーチを頼まれた。個展のための作品づくりにも同行した。その時、同じロケーションにいて、同じランクのカメラを使用して撮影したにも拘らず、あとで写真を見せ合った時にはまったく違ったものが出来上がっていたのには驚いた。 僕がいつも写真のテーマにしていることは、見慣れた風景の中に美を発見することである。二人は五木田さんの故郷でもある千葉の田園風景へ車を走らせた。男二人が、無言で各自違う方向を見てシャッターを切っている姿は奇妙に映ったかもしれない。実は、「風景写真は、早朝か夕方」といつも僕が言っている言葉は、五木田さんから教わった。 そんなことが何年か続いて、今年の5月下旬、久しぶりに電話があった。「篠原さん、元気?」という声が苦しそうだった。「五木田さん、調子悪そうだけど大丈夫?」「実は、手術をして終わったばかりなんだ。今はもう大丈夫」そんなやりとりをして、僕は「お見舞いに行くよ」と言ったら「いいよ、いいよ。遠いからいいよ」と彼は言った。とりあえず、病院名を聞いてナビを頼りに行くことにした。 「それよりも篠原さん、最近、車乗ってる?」と車好きの彼は言った。「いや、あまり乗っていないんだ。だからドライブがてらにお見舞いに行くよ」「実は、兄貴がマセラッティを買ったんだ」とうれしいそうに言った。お兄さんは著名な音楽プロデューサー。「じゃあ、マセラッティに乗せてもらうことを楽しみに早くよくならなくちゃ。その時は、一緒に乗せてよ」と僕は励ましの言葉のつもりで言った。「うん、また写真撮りにドライブへ行こう」と言ったのが彼の最後の言葉だった。 それから、6月に入り、僕は自分の誕生日をお祝いしてくれることに浮かれていた。正直、五木田さんのことなんか頭の隅に追いやっていたのだと思う。でも、どこかで、お見舞いに行かなくてはと思いつつ、6月の下旬になってしまった。『そろそろ、お見舞いに行かなくては。もう、退院したかな?』などと思っている時に訃報の知らせが届いた。 お通夜で集まった人達に聞いたら、手術後、親しい人に電話をかけまくっていたみたいだ。自分で何かを察してお別れをしたかったのだろうか?きっと、寂しかったんだよね。五木田さんのお母さんとお話したら、ちょうど僕の誕生日くらいに容態が悪くなって意識がなくなったと聞いた。 本当は、ドクターストップがかかっていてハードなフォトグラファーの仕事はしてはいけなかったようだ。それでも自分のやりたかったことを貫いた姿勢は立派だった。次の個展の構想もあったのに志半ばにして、無念の死だった。元気に生きているのに好きな仕事をやって愚痴ってはいけないと思った。写真を通じて、感動を与えてくれてありがとう!五木田さんのような表現はできないかもしれないけど、表現者としての考え方はしっかりと受け継いだよ。

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2 comentarios


>Reiさま

死というものは、いい人にも悪い人にも無情で残酷なものです。 人は、いつなんどき、死に直面するかわからないということを 体験しました。 身近で若くして亡くなるということを 体験していないのでとてもショックでした。 つい最近まで、あんなに元気に話していたのに 身動きもしない物体になっていることに驚きました。

悲しみを超えて、生きていることに喜びを感じるようにもなりました。 何かをやりたくてもやれないという人のことを考えたら、 元気であることに感謝しなくてはなりませんね。

投稿者:hide★ :2009年7月15日 10:52

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27 nov 2019

謹んでお悔やみを申し上げます。

私は先日、ガンで手術後転移が発覚した 前社の可愛がってくださった部長と会食をしました。 私にはガンだということを伏せているので本人は涼しい顔で なんだかソレがとても寂しくて。 大切な友人、知人の死は本当に悲しいですよね。

投稿者:Rei :2009年7月14日 23:32

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美しく、輝く、輪を求めて。

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