アートにおけるPhotographと写真

お気に入りの写真作家の作品を本人の目の前で感激していると、必ず彼らが口にする言葉がある。「こんなの写真じゃない」と写真業界で言われるのだそうだ。それが、一人や二人じゃなく、何人もの人がぼやく。ここ2年位、「写真って、なんだろう?」と、ずっと考え続けていた。やっと、その答えが見つかったような気がする。


写真には、大きく分けて2つのタイプがある。ひとつは、真実を写すという写真。もうひとつは、絵画的要素の強いアートとしての写真。前者は、カメラメーカー大国日本が生んだ弊害でもあるような気がする。 カメラメーカーは、レンズの性能や描写性を売りにしたいがために写真家とタイアップして、いかに自社の製品の性能が良いかをアピールする。そこに、作為的な画像処理を施されるとどこまでが製品特性か曖昧になってしまうのである。東京には、メーカー系ギャラリーが点在し、自社のカメラを使用した作品を制作した写真作品を一般公募している。審査基準は、もちろん自社のカメラを使用したかどうか?極度の画像処理を施していないことなどが必須条件となる。


F1レースのように自社の自動車技術がいかに優れているかを世界へ知らしめるプロモーションであるのと同じく、カメラメーカーも自社のカメラの性能がいかに優れているかということが発揮できている作品の発表の場であるのではないだろうか?どんなに独自性がある作品であってもそのカメラの特性を生かしていなければ、選考基準から外されるのである。そして、一般の人々はそこまで深読みせず、その作品が良いモノとして受け入れてしまう。 それに較べて、海外の多くのアート系写真作家は、もっと自由である。カメラは、あくまでも道具であり、画材の一部とでも思っているのではないかというくらい、カメラメーカーが嫌がる手法を取り入れている。日本のようにカメラメーカーが多い国も世界中みてもどこにもない。だから、カメラ性能を生かす写真や、メーカーの顔色を伺った作品を作る必要などない。 もともとは、Photographとは、Photo=光、Graph=図画なのであって、光画なのである。ところが、幕末に日本へカメラが渡ってきたときに絵画としての写真というよりもそこにある真実を写すと解釈して、写真と翻訳されたらしい。多くのアート系写真作家の方々は、「こんなの写真じゃない」と言われたら、「ええ、写真じゃありません。光画です」と答えれば良いのだと思う。 ここに掲載している作品は、僕がカメラを使用してマーク・ロスコやイブ・クラインにインスパイアーされ創作したもので、屁理屈かもしれないけれどGraphicphotoだと言うようにしている。 次回は、アンドレアス・グルスキー展で観てきた写真とは何か?と、バウハウスのモホリ・ナギが書いた「絵画・写真・映画」を読んだ感想を述べたいと思います。

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美しく、輝く、輪を求めて。

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