一杯のコーヒーにありがとう!

「コーヒーお代わりいかがですか?」とウェトレスの声が聞こえた。

「ありがとうございます。そろそろ帰るので結構です」と隣の席の若い女性の声だった。



僕は、レイモンドカーヴァーの「頼むから静かにしてくれ」というタイトルの小説を読んでいた。反対側の女性達の会話がうるさくて、心の中で『頼むから静かにしれくれよ!』と眉間に皺を寄せていたところだったが、いけない、今年から笑顔の素敵な男になると決めていたことを思い出した。穏やかな人間になって、世の中を美しく、輝きを与えることを元日に自分に誓ったばかりだった。

今時のうら若い女性が丁寧に「ありがとうございます」と言っていることに気づいた。彼女と同じくらいの歳のウェイトレスがお絞りを持ってきてくれた時、お水をそっとグラスに注いでくれた時、注文したパスタを持ってきてくれた時、食べ終わった食器を下げてくれた時、食後のコーヒーを持って来てくれた時、そして、最後にコーヒーのお代わりを尋ねられた時だ。

「ありがとう」でもなく、「どうも!」でもなく、「ありがとうございます」と「ございます」まで丁寧に自然につけて、しかも毎回お礼を言っていた。

大したものだ。どんな人なんだろうと思って、ちらっと横を見てみたら、なんともいえない透明感があり、瞬時に周りを明るくするオーラを発しているのを感じた。盗み見した横顔からは、ショートボブヘアの毛先が顎の前の方に少しカールしていたので、顔の全貌が見えた訳ではない。ましてやジロジロ見る訳にもいかないので、時間にして0.3秒位の出来事だったかもしれない。

でも、僕にはわかるんだ。この女性の両親やどんな家庭で育ったか、おじいちゃん、おばあちゃんに大切に可愛がられ、またはそのずっと先の御先祖様までも想像がつく。きっとこういう人は、季節の行事を大切にし、お正月には親戚中に挨拶へ行き、お盆にはお墓前りをし、家族の誕生日にはサプライズプレゼントをして驚かせ、神社に行っても神様の敬い方を知っていて、友達には親身になって話を聞いて心から心配してあげる。トイレを使った後の洗面所は、次の人が使っても不快な気分にならないように水回りを綺麗に拭く。決して、自分の自慢話をしない。お金に清く正しく、借りたものは必ず一筆箋にひとこと添えて返す。逆にプレゼントをもらったら、全身からキラキラしたものを発しながら喜びの感情を素直に表現できる。子供の頃から、ピアノを習っていて今でもショパンのノクターンなんかさらっと弾けちゃうんだろうな。そうだ、犬は自然に懐いてくるはずだ。動物にはわかるんだな。などと、勝手に僕の妄想が広がっているうちに彼女はいつの間にか姿を消していた。

我に返った時、反対の隣の席にいる若い女性3人が「ぎゃーあああ」と下品な笑いを大声で発しながら、周りの迷惑も省みず自分達の話に夢中になっていた。僕は心の中で「頼むから静かにしてくれ!」と叫びそうだった。


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美しく、輝く、輪を求めて。