大倉山シャンツェ

1972年、冬季オリンピック札幌大会、90m級ジャンプの競技場へ行ってみた。


当時、僕はまだ小学5、6年生くらいだった。札幌オリンピックで70m級ジャンプと90m級ジャンプに日本中が沸いた。北海道から出たことがなかったので、地元だけ盛り上がっていたのかどうか、実際にはそこのところはわからない。 70m級ジャンプでは、笠谷、金野、青地の3選手が金、銀、銅を独占。前年のプレオリンピックでは日本人選手など話題にものぼっていなかったから、あのときは日本中が熱狂した。この快挙以来、家では押し入れの中段から笠谷選手のクラウチングポーズを取って、シュワッと踏み切り、空中飛行をして敷き詰めたマットレスの上へ飛び降りる遊びに何度も熱中した。 70m級ジャンプの活躍に90m級もやってくれるだろうと思っていたけれど、残念ながら記録は振るわなかった。笠谷選手のスタート時に風が安定しなく、ゴーサインがなかなか出なかったのだ。テレビで見ていても笠谷選手のいらいらが頂点に達しているのがわかった。国民の期待を一身に背負って。スタートを切ったときにはもうすでに集中力が途切れていたように見えた。 オリンピックが終わって、各競技場が一般市民に解放されたので、真駒内アイスアリーナ、美香保スケートリンクでスケートをした。ジャンプ台も見たくて、70m級の宮の森ジャンプ競技場は一般公開されていたので行った。当時はスタートラインまで立つことができた。なぜか、90m級大倉山シャンツェは立ち入り禁止で下から見上げることしかできなかった。 今回、同級生に連れて行ってもらい、観光名所になった大倉山シャンツェを初めてのぼって見下ろしてみると、あの下に見える観客席から歓声が聞こえてくるようだった。

15回の閲覧10件のコメント

美しく、輝く、輪を求めて。

  • Black Facebook Icon
  • Black Twitter Icon
  • Black Instagram Icon

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-13-8 アビターレ神宮前B-3 TEL.03-6721-1763

©VIGLOWA Inc. All right reserved.