安藤忠雄が教えてくれた

プライベートでいろいろな事が次々と起きる。これでもかっていうくらいに.....そんな時、暗いトンネルの向こうに一筋の光明が差し込む。


このトンネルの向こうに安藤忠雄設計の大仏がある。

きっかけは、何をやってもうまくいかない日々が続き、心にぽっかりと空洞ができて、虚無感に襲われやけになっていた時、インターネットの画面の脇に「仕事を作る」という小さなバナーが目に飛び込んできた。安藤忠雄の講演会だった。本日申し込み締め切り、翌日の日付で東京国際フォーラムで開催と書かれていた。すぐに申し込み、翌日、会場へ行った。そこには、1,000人以上の来場客で受付はごった返していた。


安藤忠雄さんのトークが素晴らしかった。幼少の頃から、おばあさんに育てられた事、貧乏だったから大学に行けなかった事、高校卒業後、設計事務所で働き、昼休みの1時間、毎日勉強して、一年後に2級建築士の資格を取り、翌年には一級建築士の資格を取った話。面白おかしく、話はどんどん進んでいく。


奥さんと、設計士と3人で事務所を開業直後は仕事があるわけでもなく、くる日もくる日も天井を眺めていたらしい。このままでは潰れるという事で、近所の三角形の空き地に頼まれもしないのに家のプランを作ってプレゼンしたり、「こんなもの頼んだ覚えはない!」と断れたり、この手の苦労話が永遠に続く。みなさん、ご承知の通り。


安藤さんのお話で面白かったのは、デビュー作の住吉の長屋。「建築家というのは大変なんですよ。作れば作ったで、文句言われ、夏は暑い、冬は寒い」と、家主からクレームの連続。安藤さんは「暑けれりゃあ、脱げばええんですよ!寒けりゃあ、着ればええんですよ!」と全く、動じない。さらに家の構造が、寝室とリビングが両サイドにあり、真ん中は夜空が見え、天との間には何も遮るものがない吹き抜けの中庭になっており、就寝時間になるとその吹き抜けを通らなければ寝室にいけないらしい。「雨の日は、家の中なのに傘をさすか、濡れて通らなければならないんですよ」と関西弁で楽しそうに笑い飛ばす、この逞しさが素晴らしい。また、依頼主から「住みにくい」と苦情がきた時、「私も作る努力をしたのだから、あなたも住む努力をしなきゃあかん!」と言ったそうだ。人間は、便利なものに慣れすぎていて、少し位の不都合があった方が、刺激があっていいということだ。


また、個人宅を依頼され完成したものの、「こんな夏は暑くて、冬は寒い家なんかいらない」と引き渡し拒否されたらしい。それを改装して使用しているのが、あの有名な安藤さんの事務所。そんな事例をプロジェクターで次々に見せながら、次は、札幌の霊園に大仏を作る仕事が舞い込んできたという話。なんと、話を聞いていると、うちの実家のお墓がある、滝野霊園ではないか?北海道でも最大級の霊園である。


最初、札幌市の依頼で霊園に大仏を作って欲しいと依頼があり作ったのだが、その大仏が俯き加減で、陰気くさい感じがして、札幌市民から「なんであんなもの作ったんだ」と大不評だったらしい。札幌市から、「安藤先生、あの大仏、俯いていて陰気くさいのでなんとかして欲しいと、クレームがきています」と相談があったらしい。


すごい巨大な大仏。たしかに俯け加減である。

ここで、意外なのは、これだけの世界的建築家が、断るのかと思ったら、あっさり「わかりました、こんなプランでどうでしょう?」とスケッチを見せたそうだ。依頼主があるということは、常にオーダーに応えるという姿勢が素晴らしい。また、できないではなくて、次から次へアイデアが生まれるところも超一流の証である。ここで、断る先生も多いと思うが、それは相手のことを考えず、「面倒臭い」と「プライド」が邪魔するのではないだろうか?


横から見上げると、俯いているのが明らかだ。

そのプランは、大仏を大きな丘で覆ってしまって、あのパンチパーマの天辺だけが、遠くからちょこんと見えるものだった。そして、その丘ではラベンダーを植え、鮮やかな色を彩る。大仏を見に行くには、薄く水を張った池をぐるりと回って、トンネルを潜っていく。「お盆になったら、この池をぐるっと廻っていかなければならないので、すごい行列ができるやろね」と安藤さんは、子供の悪戯のように楽しそうに話す。


遠くから、大仏のパンチパーマの頭がちょこんと見える。

面白い話はどんどん進み、2時間半の講演会はあっという間に終わり、外の受付では、安藤さんの新刊「仕事を作る」のサイン会をやっていた。すごい列なので、僕は後ほど本屋で買おうと思った。


画面右側から入って、まっすぐ画面真ん中の入り口へ行けない。

僕は、安藤忠雄さんの子供のように無邪気に楽しむという姿勢にすっかり虜になり、大ファンになってしまった。最後のお話に、国立競技場の監修は、当初、断ったらしい。膵臓がんで体調を崩していたのだ。手術も成功し、こうしてお元気なられたようだが、全部、安藤さんの責任にされて、本人も「話が違う」と迷惑されているようだ。こういう偉大な方は、日本人の誇りであるから、マスコミの安易なバッシングやめてほしい。そして、いつまでもお元気でいることを心から願う。


1ヶ月後、その「安藤忠雄 仕事を作る」という本が、サイン入りで送られて来て驚いた。僕の名前も書かれて、100冊のエディションが切られていた。もっと、驚いたのは、お墓詣りに札幌へ帰省した時、父にその話をした時、地元の人に無料招待券が届いていた。すぐに二人で一足早いお墓前りも兼ねて見に行った。実物を見ると、あまりにもの迫力で圧倒されてしまい言葉にならない。この大仏を覆う丘は、今年できたばかりで、ラベンダーの苗も植えたばかりなので、鮮やかな色を見れるのは来年以降ということだ。


僕も独立した頃は、バブルが弾けた直後で全く仕事がなく、自らプランを売り込み行っていた。それが、軌道に乗って20年以上も経つと、その初心というもをすっかり忘れてしまう。長い人生、何が起きるかわからない。景気のせいにしたり、クライアントのせいにしたりするのではなくて、仕事は待つものではなく、仕事は自ら生み出すものなのだ。と安藤さんは教えてくれた。この日は、5月に亡くなった母の初盆だった。天国から励ましのメッセージを感じた。今日も祖母と母が見守ってくれている。


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美しく、輝く、輪を求めて。

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